種を蒔く料理オカズデザイン

今回お題をいただいた二つの野菜、南瓜と冬瓜。
存在感ある佇まいに惚れ惚れし、数日間愛でた後、中を割ってみてさらにその美しさに身震いする。

繊細で品のいい香りや甘みを活かすため、できるだけシンプルに。
水の波紋のように味わいが広がる一皿に出来たらと、私たちが暮らす蒜山の森で5年ほど寝かした薪で、南瓜をストーブで時間をかけて蒸し焼きに。
湧き水でゆっくりと旨みを引き出した昆布出汁で、すり流しに仕上げた。

こんがりと焼いた皮目と、数日かけて水分を抜き炒った種を上にそっと飾る。
とても静かなスープだけれど、甘味と香ばしさが味わいの層を作り、疲れが溜まった人にお出ししたい一皿となった。

淡白な味わいの冬瓜。
肉や魚と煮含めるのも美味しいけれど、底に秘められている個性を引き出せたらと考えた。

まずは森の木々を剪定し、少しづつ樹形を整えるところから始める。
落とした枝を使った薪火で、火の香りを纏わせながら焦げ目がつくほど焼き上げる。
同じように焼いた小玉葱とともにフライパンに移し、白ワインをたっぷりとふりかけ、強火で水分を飛ばして、味を含ませた。
一晩おくことで酸味と甘味がゆっくりと冬瓜に入り、酒の肴として最高のマリネに。
野口悦士さんの器と調和した料理になったように思う。


料理
オカズデザイン
野口悦士
写真
伊藤徹也
オカズデザイン

オカズデザイン吉岡秀治・吉岡知子
“時間がおいしくしてくれるもの”をテーマに、活動する。
書籍や広告のレシピ制作・器の開発・映画やドラマの料理監修などを手がける傍ら、東京都杉並区にて、器と料理の店「カモシカ」を月に一度オープン。
水のいい場所を探す中で、2012年、岡山と鳥取の県境の村と出会う。
現在はその村の奥にある森の小さな家と、東京との二拠点暮らし。

選んだ野菜

北海道地かぼちゃ

岩崎農園でのかぼちゃの中では最も古く、30年ほど前から育てられているかぼちゃである。しかし一番最初に育ててみたときは、その個体差に驚かされた。灰色だったり、黑だったり、あまりにも色々なかぼちゃがなり、それでは到底販売はできないから「これは手に負えない」と最初は育成を諦めたほどだった。  ところが、数年後、岩崎さんにこのかぼちゃを渡した埼玉の八百屋店主から、元々育てていた北海道の農家が、病を患い、このかぼちゃの育成を止めてしまったことを聞く。消滅してしまうのか、と思うと、どうしても残してやりたくなり、岩崎さんは、再びこのかぼちゃの育成に取り組むことにした。  やはり在来種のかぼちゃらしく着果数が少ない難点が大きい。東北や北海道などの涼しい夏に向いており、九州雲仙であればこそ、一層着果しづらいのかもしれないとも勿論考える。しかしなんとか、この地に馴染んでいってもらわねばならない。さらに、数が取れないならばとやや大きい形にまとめていった。戸惑うほどバラバラすぎた個体差も、雲仙の地で根付かせながら、種をとり続け、今の形にまとめあげられてきた。洋種系のかぼちゃらしいホクホクした美味しさと、家庭でも扱える範囲の“大きな”かぼちゃで、今では岩崎農園のかぼちゃの中では中心的な存在である。そして他にはみられない。

「しかし」と岩崎さんは語る。“少しずつ「北海道地かぼちゃ」としてまとめてきたけれど、元々のあの「暴れていた」てんでばらばらのあのあり方が、このかぼちゃの個性だったのかもしれない。あの方が野生的な丈夫さは感じられたかもしれない”と。かぼちゃの種を育て守り続ける視点の多さ、難しさを教えられる。


在来種のかぼちゃについて

温暖化の悪影響を最も受けるのではないかと危惧されるのが、このような在来種、固定種のかぼちゃ達である。品種改良された現代の種に比べると、着果数が極端に少なく、利益率は非常に低く効率が悪い。さらに、近年のような豪雨と温暖化が続けば、ただでさえ少ない着果がさらに着果しづらく、かつ着果した後も腐りやすくなってしまう。まさに滅びようとしている在来種の種を受け継がれているかぼちゃ達である。
 在来種のかぼちゃは、大きいものも多く、現代の家庭では扱いにくい、流通上も重たく歓迎されないのも弱点である。

だからこそ、これら在来種かぼちゃを守っていることは、一層評価されるべきではないであろうか。そのきめ細やかな肌質やみずみずしさ、繊細な美味しさ、独特の造形と個性はなんとも魅力的である。

在来かぼちゃ(日本かぼちゃ)の原産地には諸説あるが、北米南部・中米原産説が有力である。ヨーロッパを経由して東南アジアに広まったものを、日本へは16世紀にポルトガル船によって九州に伝えられたという。「かぼちゃ」の名は、途中寄港したカンボジアからもたらされたことはよく知られている。

ミニ冬瓜

岩崎さんの冬瓜は美味しい。まずその肉質のきめ細やかさと充実。みずみずしさと喉ごし。目でも舌でも驚かされる。
しかし岩崎農園の中では、現在は特別に種を継がれている存在ではない。10年近く前に、やめてしまって、こればかりは現代の種、と岩崎さんはいう。

本来、冬瓜は大変に大きい。ものによっては5キロ、8キロと赤子より大きいほどだ。
当然、現代の流通と冷蔵庫では歓迎されない。加えて、一度切り分けると、水分が多いため比較的傷みが早い。一家庭の人数が多かったり隣と分け合っていた時代には幸いした冬瓜の大きさも固い皮ゆえの備蓄性も、現代ではむしろ疎まれる。

せめて、小さくすることが、冬瓜が現代を生き延びる術である。そのようなことから、岩崎さんもかつてはずいぶん、古い種類の冬瓜の種を継ぎながら、現代に合わせた小ぶりな冬瓜へと、母本選抜と栽培の努力を続けてきたそうだ。

「しかし、どうにも、着果が難しい」。年数をかけ、ある程度小ぶりにまとまってきた、と思っても、その種を蒔くと次がなかなか育たない。収穫できない。暑さに強い沖縄の冬瓜種ほか何種類か試し続けてみたが、残ったものはなかった。

元々、大きくなろうとするのが冬瓜であって、それを小さくすることは、冬瓜の本来でなく、弱ってしまうのではないか。 断念に至るまでも、野菜たちとの対話と理解が深いのが岩崎さんである。

現在は、「ミニ冬瓜」に品種改良されたものを、信頼している種屋店から購入し、もちろん農薬不使用で育てるにとどめているそうだ。こうなると逆に「着果のよかもんね。」丈夫で栽培は非常に簡単だそうだ。種を継ぐ育て方と、種を購入する育て方では同じ「冬瓜」でも農業の難易度に天と地の開きがある。

では冬瓜なんかやめれば、と思う方もいるかもしれない。しかし近年、九州の夏野菜は、初夏から夏の豪雨、旱魃、気温上昇と、壊滅的な被害を被り続けている。そこに獣害と運送費の高騰が追い討ちをかける。 全滅してしまう農家、農業を諦める特に自然栽培農家が続いている。

そのような中で、なんとか夏の収穫を確保するのに、ミニ冬瓜は助けになっているそうだ。
それにしても、トマトやナスなど、人気夏野菜で高額で販売されやすい野菜でなく、(ただしトマトもナスも自然栽培は大変に難しい)現代社会から存在自体が忘れられつつ消えつつあり、一見主張のないような味わいの冬瓜を選ぶことがまた岩崎さんらしい。

実際、都心の売り場で冬瓜を見かけること自体少なくなってしまった。食べたことも料理したこともない家庭も多いのではなかろうか。夏に収穫され、冬まで貯蔵できることも知らない人は高齢者でも増えている。
現代栄養学の視点では栄養価も低い。

しかし食養上は、冬瓜は非常に重要である。特に、秋以降、あるいは室内の乾燥した環境で傷めやすい喉や気管・呼吸器の潤いには最も効果を発揮する。喉や鼻の粘膜、内耳の渇きは病を呼ぶから、さまざまな疾患の予防にも、また胃や肝臓、女性のデリケートな部分の粘膜にも助けになる。 味わいは淡白で控えめだが、働きは大きく、どんな素材とも相性がよい。生でなく加熱して食すことを勧める。

(文…奥津典子)

種を蒔く料理