種を蒔く料理奥津典子

万木赤カブのソテー、おろしのせ

紅花の濃染のような、美しい万木赤かぶ。加熱すると美味しいのですが、その色を落とすことが惜しく、毎回、調理をためらう存在です。岩崎さんのおかげで、この美しいカブを毎年目にできるようになり、少しは見慣れてきたはずなのに、毎年、登場の際は、実存の美しさに、はっとします。

目を瞑って触れれば、しっかりと締まったずしっと硬い肉質。火を加えることで甘さと充実が増す手触り。勇気づけられ、えい!と切り分け、火入れしていきます。

ただ、どうしても、この色の美しさが惜しく、焼いた万木赤カブに、おろした万木赤カブをのせて、焼き+生で食べてみて欲しいです。おろすことで酵素が増えるなどもありますが、味も口の中でのコントラストも、様々な音が鳴りだしたような豊かさが、ぎゅっと小さな一口の中に。「万木赤カブ」だけから溢れ出します。これが万木だけの力とは思えず、やはり岩崎さんご夫妻とカブたちとの協演、慈しみや慕う何かの交換によるものではないでしょうか。

美しいおろしは、柑橘汁や酸味を加えると、色が華やぎます。本来の色を愛でていただきたく、ほんの少しの梅酢とコントラストを。

焼き加減。走りのみずみずしい頃は、流れを遮らぬよう、縦半分に割り、断面にジュッと火を入れていきます。旬がのってくると、いよいよ輪切り、縦6つ割などに。食感の喜びで選びます。全体を軽く焼く程度におさめ、歯ごたえを残すと一層複雑に美味しい頃です。
撮影のこの時期は、名残に入り始め、少しスが入ってきました。自分は「おばあちゃん赤かぶになってきた」と形容してしまいます。この頃も、旬の焼き方でも美味しいのですが、わずかに長めに焼いて柔らかくすると、切り干し大根のような滋味も加わってきます。
余熱で、火がよく通り、焼きたてより時間が経つと硬さも甘味も変わります。名残の時期は、濃いごま油や生姜おろしなど、少し主張を加えていくと、よく合うように思います。今回はごま油、塩、こしょうで。なお、歯応えを残したい時は、塩は焼き上がってから振ると良いでしょう。

根。さもありなん、と、納得するこの姿に、時々しみじみと見惚れてしまいます。「根性」という言葉は、もしかして美しく気高いのかな、と、岩崎さんの根菜類に出会ってから少しずつ実感するようになりました。硬すぎるときは、よけて出汁を取るなど別に使ったり、土に還しますが、まだ柔らかい時は、一緒に焼いて食べたい。あればわさびおろしにも負けない力強い美味しさです。

シンプルすぎて、料理といっていいのかわかりませんが、野口悦士さんの器のおかげで、ただ、万木赤かぶを表現させてもらえました。岩崎さんの万木赤かぶならではの、力強さと艶やかさの両方をよくのせてくれる、器への遠慮がいらない素晴らしい一枚。「惑星」と呼んでおられる器です。

長崎赤カブの橙和え

同じ「赤いカブ」でも「万木赤カブ」と本当に違う味わいや肉質のカブです。この幅広さに、「カブ」の世界の大きさに、今も驚いてしまいます。
長年育てておられる岩崎さんは、このカブは、酢っぱくして食べて欲しいとおっしゃいます。実際、長崎県では、長く酢の物・なますとして食べられてきたそうです。でも、最初の頃は、「とにかく美味しいカブ」という驚きがすごくて、煮たり揚げたり、一通り料理してみました。岩崎さんご夫妻による長崎赤かぶが、どうやっても美味しいことは間違いありません。

でも、そうやってまずは鈍い付き合い方をしていくうちに、このカブたちは、生でスライスし、舌に触れた滑らかさが一番の魅力なのだとわかってきました。歯応えというより、舌で出会う肌質なのです。そこに酸味と、シャキッとした腰の歯応えが加わると、美味しさの喜びをさらに盛り上げてくれる。煮たり焼いたりしてしまうと、舌との滑らかな出会いが失われてしまうのです。

だからアーカイブする今日は、酸味と和えると決めていましたら、この野口悦士さんの器です。地味な料理でも、ちゃんと主役にしてくれる存在感。料理人と素材に対しては懐が大きく、なんでも引き受けながら、食べる人の驚きや喜びへと昇華させてくれます。エレガントな形に、ゴツゴツした質感と、美しい蒼とさりげなさ。このお皿自体が在来種のような多様性だなと思っていたら、なんだか、宇宙から撮った地球の写真のようだ、と名前はつけられないけど、「蒼い地球のような」と感じておられる器だそうです。

そんな大きな器のおかげで、真っ向勝負で、ただ、かぶの滑らかさを潰さないことに集中でき嬉しい時間でした。旬をすぎ、名残に入ってきているので、少し根のあたりは硬くなってきています。縦にスライスすることで、柔らかさと硬くなってきた部分と両方味わっていただけたら。また、長崎赤カブは、横につぶれたような形が可愛らしいと思います。縦に割ると、本当にハート型です。色も少し紫を帯びたような薄い赤を纏った薄い皮に、中は少し透明と青みがかった白、芽の色も淡いみどり。全体の色が柔らかいのですね。

この形がよくわかるようにスライスして、柔らかな塩を馴染ませてしばらくおき、くたっとさせます。橙の絞り汁と、味の奥行きを増すように米あめを少しよく混ぜてから全体にかけました。オリーブオイルなども合いますが、まずはなしで、このかぶの質感を召し上がっていただきたいと思います。黒酢や梅酢他、様々な酸味とよく合うのですが、長崎赤かぶの色を魅せるには、長崎のあちこちに生えている様々な柑橘の汁がぴったりだと思います。


料理
奥津典子
野口悦士
写真
繁延あづさ
奥津典子

奥津典子
1974年生まれ。東京と長崎育ち。一男二女の母。
2003年に吉祥寺に夫・奥津爾とオーガニックベースを立ち上げる。以来、開催した台所の教室は2,000回を超え、食堂やレストランの料理指導、執筆や講演など多岐に活動。2013年より雲仙に家族で移り住む。2019年には雲仙・千々石町にオーガニック直売所タネトを夫婦で立ち上げる。著書「奥津典子の台所の学校」WAVE出版)他多数

選んだ野菜

万木かぶ

日野菜かぶ、近江かぶら、小泉かぶ、北之庄かぶなど、滋賀に多くの在来種のかぶが守られており、その多様性から山形、長野と並んで「三大かぶら王国」と呼ばれることもある。

そんな滋賀県の高島市安曇川町西万木原産の美しい赤かぶが、この万木(ゆるぎ)かぶである。
肉質は柔らかすぎず堅すぎず、表面のつやのある紅色と中の白色のコントラストが美しい。火をいれた時の甘さは素晴らしく、フライやローストがおすすめである。

岩崎さんの畑では弘岡かぶ、長崎赤かぶ、雲仙小かぶ、日野菜かぶ、長崎赤長かぶ、そしてこの万木かぶと、6種類のかぶが守られている。

長崎赤かぶ

18世紀のオランダ商館医師ツンベルグの著書に記載され、熊澤三郎の蔬菜園芸各論では平戸の木引かぶを移したものとされていたり、また、もっと古い時代から栽培されていたとも考えられている。

肉質は柔らかく、赤紫と白のコントラストが美しい長崎を代表する在来種である。サラダに、浅漬けや甘酢漬けに最高に美味しい。酢の物にすると鮮やかな赤で、長崎では古くからお正月の縁起物として大切に食べられてきた。また長崎くんちでのくんちなますとして利用されることもある。

岩崎さんは6種類のかぶを育てているが、まず先陣をきって登場するのがこの長崎赤かぶ。冬野菜の多様性の爆発を告げる野菜であり、岩崎さんの畑で一番早く美しい花を咲かせるのもこの赤かぶである。

種を蒔く料理

江口研一food+things)

器 ‖松本かおる
写真‖在本彌生

北嶋竜樹neutral)

器 ‖須恵器
写真‖八木夕菜

船越雅代

器 ‖インドの古い石皿
写真‖八木夕菜

今井義浩monk)

器 ‖陶片、棚板 陶板
写真‖八木夕菜