種を蒔く料理展原川慎一郎

菜の花の温泉蒸し

できるだけ長くこの在来種の野菜たちに寄り添い、そしてその野菜たちが花を咲かせる姿を眺めていたい。だって素敵なことじゃないですか。
岩崎さんはいつも光のさす方を優しく見つめている。そんなお人柄です。

種つぎをしながら80種類ものお野菜を奥様とお2人で育てて40年。その努力と仕事量は想像しようと思ってもしきれないほど大変なものに違いない。しかし、岩崎さんからそれがどれだけ大変だったかとか、ましてやどれだけ自分が凄いかなどという話は一切聞いたことがなく、いつも多様性の素晴らしさや浪漫について語り、気付きを下さいます。

野菜たちの人生が豊かであって欲しい。そのためにヒトができることなど微々たるもの。その上で、微力ながらもその自然の営みに手を添えることができたら嬉しいと。

そんな岩崎さんの佇まいに自分なりに敬意を表して料理をさせて頂きました。
春先のこの瞬間にしかない、しゃくし菜とふくたち菜の菜花を、今自分の居るこの雲仙は小浜という温泉場ならではの、温泉蒸しにしました。本当にサッと蒸して、少しだけ自分の個性を表現させて頂き柑橘のサルサを散らしまたが、それに気付かなくても良いかなと思っています。笑

器は、郡司製陶所。郡司夫妻も益子という土地に根差し、寄り添って長年作陶されている本当に尊敬する方たちです。彼らの器たちもまた優しく謙虚で、それでいて強く、そしてロマンチックで多様性に溢れていて、いつも心を打たれます。


料理
原川慎一郎
郡司製陶所
写真
繁延あづさ
原川慎一郎

原川慎一郎
静岡県生まれ。渋谷のお店で修業の後、渡仏。帰国後、三軒茶屋の「uguisu」などのレストラン勤務を経て、2012年に目黒にレストラン「BEARD」をオープンし、話題となる。2017年、バークレーにあるアリス・ウォータースの「シェ・パニース」元総料理長であるジェローム・ワーグとともに、東京神田にレストラン「ザ・ブラインド・ドンキー」をオープン。そして2020年、長崎県雲仙市に移り住み、BEARDを再オープン。岩崎政利さんが守り継いできた在来種の野菜を軸にした料理を発信している。

選んだ野菜

しゃくし菜

雲仙ではしゃもじに似ているところから「めっじゃくし菜」と呼ばれてきた。小松菜のような姿から背が高くなり茎がスーと伸びた姿は岩崎さん曰く「青菜の王様」のよう。

青菜として収量が多く、料理として幅広く使えることから昔から家庭の自給野菜として育てられてきた。交雑が少なく種も取りやすい。このしゃくし菜をはじめ、畑菜、松ヶ崎浮菜、壬生菜、福立菜など、こうした在来の青菜を岩崎さんは「さりげない野菜」と呼び、愛し、大事に育てている。

品種改良されず、昔のまま日本の風土の多様性をそのまま表現しているこれらの青菜。画一化する市場流通のうねりの中で、作り手は急速に減少。日本からその姿が消えようとしている。


福立菜

福がくる菜」と、縁起がいい名前だね、と岩崎さんが大事に守っている福立菜。葉がとても柔らかく、ゆえに栽培は難しい。味わいはまろやかで甘さがあり、非常に美味しい。

岡山の方で種を長年守ってきた女性が病気で栽培できなくなり「なんとか絶えないように」と岩崎さんに託されて種である。ただ、昭和初期まで全国で育てられてきた「茎立菜」との違いも岩崎さんも判断できず、来歴がはっきりしない。曰く「まぼろしのような青菜」。

市販の種だったら育てて無かったと思う」と岩崎さん。守り継いできた方の想いがあったからこそ、岩崎さんの畑で守られている。秋田県に「ふくたち」、静岡県に「磐生福立菜」という野菜があるが、岩崎さんの畑の福立菜には、それらとまた違う物語がある。

種を蒔く料理展

船山義規

器 ‖イタリアの古い器
写真‖安彦幸枝