種を蒔く料理展オカズデザイン

今回の料理の物語

月のクレーターみたいだね」
伊藤徹也さんが器を撮った時に呟いた一言が、料理を方向づけてくれた。

岩崎さんの野菜が持つ、躍動感あふれる香りや旨味、長い余韻。
その中でも五木赤大根と岩崎葱は、どちらも味わいと色彩にグラデーションがあり、野口悦士さんの器の表情と重なる。

湧き水とたっぷりの酒、昆布、ほんの少しの塩で静かに大根を煮る。同時に別の鍋に岩崎葱の青い部分と端野菜、鶏手羽を入れ、同じように湧き水で大根を炊く。
数時間後、それぞれ素晴らしくおいしく仕上がった。葱のスープは淡く静か、昆布出汁は気絶するほど色っぽく。
どちらが正解でもない。料理を出す相手や季節、コースの中でいつ提供するかでも変わるなぁと思いつつ、今回は昆布を選択。
そのまま鍋中でしっとりと味をふくませる。

翌日、鍋を温め白い鉢にそっと大根を盛った。
風呂吹き大根のような見た目だが、下にじゃがいものピューレをしのばせている。
大根の中にある芋のようにねっとりとしたコクが、ピューレや力強いスープと不均等に混じり合い、スプーンですくうごとに味と色合いが変わっていく。
上にのせた大根チップスを手で砕くとアクセントとなり、潮の満ち引きのように移り変わるスープが完成した。

もう一品、岩崎葱を葱スープで閉じ込めたテリーヌを作る。
形と色彩の美しさ、繊細な味わいや食感を楽しめるゼリー寄せのテリーヌは、とびきりいい野菜と出会った時に作りたくなる料理の一つ。
葱は葉先から根まで全て使い、部分によって火の通し方を微調整。色と甘み、香りが静かに層を作る。
少しだけ動きが欲しく、控えめながら静かな旨味を持つ壬生菜に力を借りる。
茎は葱と共にゼリーに入れ、葉は摺って葱スープと塩、オリーブオイルで新緑のように鮮やかなソースを作る。
器に盛り、壬生菜の若葉と庭のマスタードリーフ、ケイパーベリーを散らす。
鉄紺色の台皿に映える、まるで新月のような一皿となった。


料理
オカズデザイン
野口悦士
写真
伊藤徹也
オカズデザイン

オカズデザイン
吉岡秀治・吉岡知子が結成。
“時間がおいしくしてくれるもの”をテーマに、シンプルで普遍的なもの作りを目指す。
書籍や広告のレシピ制作・器の開発・映画の料理監修などを手がける。

2008年より東京都杉並区にて、器と料理の店「カモシカ」を月に一度オープン、
様々な作家の器展・器のための料理会を開催している。

岡山と鳥取の県境・蒜山中和村(ひるぜん ちゅうかそん)の森で、月の半分を暮らす。
土地の恵みや天然の湧き水を東京でも使い、器に寄り添い素材感ある料理や菓子を心がけている。

https://shop.okaz-design.jp/

選んだ野菜

五木大根

岩崎さんが熊本の西さんから受け継いだ赤大根。五木村の山奥に残ってきた在来種でその歴史は平家の伝説にも繋がっている。

皮は美しい赤色で中は瑞々しい白。岩崎さんは芯を霜降りに母本選抜を繰り返し、しゃりしゃりとした歯応えが忘れられない大根である。

生サラダにもいいが、岩崎さんの奥さんは炊き立てのご飯に大根おろしをかけて食べるのが冬の定番だそう。おろしに柑橘を絞ると鮮やかに色がかわり美しい。煮たり蒸したり火を入れると赤がなんともいえない色に馴染み、味わいも滋味深い。

種の交換は、いわば魂の交換のようなもの」と、安易な種の交換をよしとしない岩崎さんだが、この五木大根の種とは長年大事にしてきた雲仙こぶ高菜の種と交換したそう。

白にうっすらと紅がさす五木大根の花は特に美しく、岩崎さんがとても大事にしている野菜である

岩崎ねぎ(岩津ねぎ)

かつて兵庫県で行われた有機農業研究会の中でのこと。岩崎さんが自家採種してきた九条太ねぎを「日本一のねぎ」として紹介した際、地元の有機農家・牛尾武弘さんから「兵庫には九条太ねぎより美味しいねぎがあるのです」と返され、この岩津ねぎの存在を知ったそう。以来、このねぎは牛尾さんから岩崎さんが受け継ぎ、雲仙の風土に馴染ませ大事に育ててきた。

岩津ネギ」という名前は商標登録されているためその名を名乗れず、また岩崎さんの畑で長い年月をかけて種を守り継いでいることもあり、岩崎ねぎ」と岩崎さんが自ら名付けた。

下仁田ねぎと九条ねぎが交雑して生まれたのでは、と岩崎さんは感じていて、その両方の長所がをもっている。葉の中のとろみが多く、ねっとりとした味わいでその食べ応えは決して忘れられないだろう。炒めても、焼いても、天ぷらにしても最高に美味しい。

種を蒔く料理展

船山義規

器 ‖イタリアの古い器
写真‖安彦幸枝