種を蒔く料理江口研一

器の裏雲仙小かぶと熟成イカ
(黒オリーブのペーストと柑橘)
雲仙赤紫大根とホタルイカのコンフィと大根の葉のペースト、
タコのグリルに白・茶のテパリー・ビーンズと60日間コーンとチルテピン唐辛子
器の表クスクスに、雲仙小かぶとビーツのソース、
蒸した雲仙赤紫大根とニンジン
火にかけられる浅皿雲仙赤紫大根と鶏手羽のロースト

いち早く写真に収めてもらうため、雲仙から届いた野菜は写真家 在本彌生さんのもとへ届いた。箱を開けたその時の様子を聞くと、野菜と一緒に、岩崎さんの畑の土が入っていたという。すぐにいつも畑にお邪魔する時のふかふかにやわらかい土の感触と匂いが浮かぶ。そして畑に並ぶ、透き通るような白さの雲仙小かぶと鮮やかな赤紫の大根。そんな瑞々しさとは、その前の週にサボテンの実が目的で訪れていたアリゾナ州の先住民、トホノ・オ’オーダム(TOHONO O’ODHAM)族の人たちの食材と同じ皿に並んでほしいと思った。彼らの祖先がかつて食べていた豆やとうもろこし、サボテン系の食材などは居留地という環境の中で失われていった。それがようやく彼らの言葉と共に、復活させようという動きが活発になってきているという。一度途絶えていたものを取り戻すことのむずかしさは岩崎さんの話にも聞いていた。そんな食材を、信楽で磁器を製陶する大谷哲也さんの器に盛りつける。鉢のような形の器の表と裏を組み合わせて使うことに。白い器に白いかぶ。可憐な小かぶは消えてしまう。そこで大根の赤紫の皮から色をもらい、これから訪れる春を想いつつ、小かぶはほんのり染まってもらう。そして少し熟成したスルメイカを纏わせる。黒オリーブの塩味と雲仙から届いた爽やかな柑橘でふんわりとネットリの隙間を埋める。皮を剥がれた赤紫大根はホタルイカとコンフィにし、大根の葉もペーストに。先住民が使うチルテピンという原種の唐辛子で締まったタコのグリルに白と黒のテパリー・ビーンズという豆、60日間コーンという一年一度の洪水の水で一気に育てるとうもろこしを添えた。

2品目は大きな大根をそのまま食べたくて、蒸した赤紫大根とニンジンをごそっと入れ、スープにしようか迷いつつも小かぶをピューレにしてビーツと一緒に、限りなくやさしい味に。せっかくの岩崎さんの野菜の味を自分が味わいたかったのだ。そして3品目は大谷さんのオーブンも直火もいける平皿に一度蒸した赤紫大根が鶏手羽の脂を吸うようにゆっくりとロースト。美しい紫が食欲をそそる。

写真家の在本彌生さんは瞬間的に野菜の良さを拾ってくれ、その香りや滋味まで写しこんでしまう。撮影場所も、タネカら商店の工事中の新店舗の軒先という無理なお願いをした。在来種や固定種などの野菜を扱う八百屋として、岩崎さんの野菜を商うことも。これまでは代々木上原のアコテなどで野菜の販売をするなどマーケット形式の出会いだったが、駒沢エリアに店舗を出すことに。4月頃オープン予定だというから、応援という意味でもぜひそこでお願いしたいと思ったのだが、さすがの在本さん、予想以上の写真で返してくれた。


料理
江口研一food+things )
大谷哲也
写真
在本彌生
江口研一

江口研一(food+things)
食べたことのない味、見たことのない食材を求めて旅するように料理を。その土地で食べられるものはコトバと同じように文化と直結します。そこに暮らす人たちの物語と一緒にごはんを提供します。

選んだ野菜

雲仙赤紫大根

この大根は元は、「赤首女山三月大根」という。ただし、その大根とは、色も形もずいぶん変わった。現在のほとんどの野菜は、品種改良されてきたものだ。岩崎さんの方法が、現代で珍しいのは、とにかく年月をかけることだ。野菜たちが、少しずつその地に根付き変化していく、農家はそれを選抜していく。また野菜たちが翌年には戻ったり、変わったり…また農家が選抜し…そういう手法を根気強く取られている。

赤首女山三月大根は、元々は、佐賀県多久地方の伝統野菜だったという。岩崎さんの暮らす、雲仙市国見町の城代地域に伝わったのは、かなり昔のこと。元々、国見町城代は佐賀は鍋島藩と関係が深く、本家でもあったのでは、と岩崎さん。
元々の赤首女山三月大根は、50−60センチとかなり長い。20年ほど前に、地元の種苗会社から購入した当初は「とても細長い大根で、青葉系が多かった」ものを、岩崎さんは年月をかけて風土に馴染ませてきた。毎年赤紫の色のよく出る大根の選抜を繰り返し、青い葉は減らし「少し短めの総太りの姿」にまとめてきた。間引きの折に、赤紫の葉を残すのだが、ために収量が多くなく、栽培は苦労する。暖かい雲仙で育てるうちに、少し耐寒性は弱くなったようだと岩崎さんは言う。

岩崎さんの雲仙赤紫大根はこぶりで現代の台所の日常に使いやすい。おろしにして、酸味のある汁などをかければパーっと赤らみ、とても美しい。煮物にすれば、色はやや落ちるが、中の白い部分までもにほんのりと紫がかり、とても風情がある。肉質はよく、煮物、焼き物、生、漬物と使いやすい。辛味は少なく、大根の甘みが美味しいので、幅広い年代に好まれる。

さて、元々の女山大根には、悲しい伝説がある。売れっ子の芸者がいて、とても忙しく働いていた。しかし客との間に子を授かり、芸者としてやっていけなくなり、生きていくために山を通る旅人を襲い、時に殺めながら、女盗賊として生き延びた。人はその山を女山と言って恐れたという。

この大根の花もまた、赤紫と淡い白が混じり合い、趣があり、美しい。 岩崎さんは、この伝説が残る大根を愛で、大切に守り継いできた。20年、雲仙に馴染ませてきたのち、ひょんなことから10年やすませていた。そして撒いたところ、とても順調に育ち、元気いっぱいに自己主張してきて、以来毎年のように育てている。悲しい伝説を超え、新しく雲仙市の伝統野菜になってくれたら、「雲仙赤紫大根」なんていいのではないかなあと名付けられた。

雲仙小かぶ

長崎赤かぶ、弘岡かぶ、日野菜かぶ、長崎赤長かぶ、万木かぶと並んで、岩崎さんの畑で長く守りつがれてきた小ぶりの美しいかぶである、
もともと雲仙にあるかぶではなく、金町小かぶ系の小さいかぶを岩崎さんが母本選抜を繰り返し、少しずつこの雲仙の風土に馴染ませてきた。岩崎さんの畑で30年以上くらしているこの小さいかぶを、数年前に岩崎さんが「雲仙小かぶ」と名付けた。

在来種の定義は団体や人によって様々だが概ね「世代を超えて、その土地で自家採種を繰り返し風土に馴染んでいった野菜」を在来種と呼ぶ。そういう意味でこの小さいかぶは東京の葛飾区で育成された金町小かぶがルーツかもしれないが、この雲仙の風土を知り抜いてこの土地に馴染んだこのかぶは「雲仙小かぶ」と名乗る資格が十分にある。
万能といえばこのかぶ。煮崩れてしにくく甘みがあり、生でも火を通しても美味しい。

種を蒔く料理

船山義規

器 ‖イタリアの骨董市で出会った絵皿
写真‖安彦幸枝

江口研一food+things)

器 ‖大谷哲也
写真‖在本彌生

平田明珠Villa della Pace)

器 ‖松本かおる
写真‖栗田萌瑛

今井義浩monk)

器 ‖藤本 健
写真‖八木夕菜