種を蒔く料理奥津典子

岩崎大根と中国ちんげん菜

岩崎大根は、バラバラの形が、逆に楽しく感じます。在来種の大根たちのようなはっきりとした主張は感じません。じっと見つめても、大根たちの主張より、岩崎さんの周りに集う人々が次々と浮かんできます。それをそのまま料理にしました。

大根の甘さはやさしく幼い子どもたちにも、早くから触れて欲しい味わい。甘みや旨みが母乳に近いと言われる昆布と、一口大に切った皮ごと大根と戸倉さんのお米、千々石の湧き水と煮ました。大根は上方のほうが苦味が出ません。昆布は取り出して、ブレンダーにかけ、その激しい振動を和らげるために、また少しお水を足して少しの塩と弱い火を通します。

もう一つは、皮ごとコトコト炊いた大根を、その煮汁を煮詰めておろしと調味し、みぞれあんかけにしました。僅かに春めいてきた頃でしたので、梅酢、コショウ、塩、薄口醤油。対馬のdaidaiさんのジビエ肉をミンチにし、そぼろとして調味しておいたものとネギなどを添えてもいいでしょう。

中国ちんげん菜は、何より歯応えが素晴らしく、炒めると本当に美味しいです。
しかし、この真ん中のバラのような葉の回転がとても美しく、子どもたちにそれを見せたいなと思いました。お年を召した方や小さなお子さんには、やはり上の葉と下の茎の歯応えのある部分は、切り分けた方が、食べやすいと思います。今回は長さを楽しみたかったのでこのままです。少しのオイルと塩とで軽く蒸して、とろっと別に調味しながら煮た、「山の鶏鳴舎」さんの卵を流し入れました。

松村さんのお皿は、素材たちに誠実なことをしてやれた気持ちになれることがとても嬉しいです。素材たちにとっては、お皿やまな板の上は、この世での最後の姿。しっかりと見届け、食べる人の、血肉になり、今度は「人」になって元気に生きていってくれますように!それにしても、「中国ちんげん菜」と、野菜にお国の名前がつくことには、過去と未来へ、色々と考えたくなりますね。


料理
奥津典子
松村英治
写真
繁延あづさ
奥津典子

奥津典子
1974年生まれ。東京と長崎育ち。
2003年に吉祥寺に夫・奥津爾とオーガニックベースを立ち上げる。以来、開催した台所の教室は2,000回を超え、食堂やレストランの料理指導、執筆や講演など多岐に活動。2013年より雲仙に家族で移り住む。2019年には雲仙・千々石町にオーガニック直売所タネトを夫婦で立ち上げる。著書「奥津典子の台所の学校」(WAVE出版)他

選んだ野菜

岩崎大根

岩崎さんが30年前頃から20年間タネを取り続けた大根。もともと当時岩崎さんが気にいっていた、とう立ちが遅めのF1青首大根である。系統は大蔵大根でもなく、なんだったのであろう、と岩崎さん。

母本選抜を繰り返してきた20年間で、自分の迷いが大根に出るんだ、というような学びが多かった。ばらつきがでるF1だからであろう。当時の岩崎さんは長い、短い、どの系統に落とし込むのか迷っていた。そして、F1の大根はいくら選抜を繰り返しても、1番最初にできた大根には絶対戻らないんだなという気づきもあった。
特有の姿形や物語がある在来種の方が当時の自分にとって魅力的であったため、栽培をやめてしまった。岩崎さんは今年、種を更新するために播いてみたのだが、こんなに良い大根だったであろうか、と思いながら見ていたそう。

「10年休んで、初めて岩崎大根に物語が生まれた気がする。」と岩崎さんは語る。「今年は種をとって来年以降の様子を見て行きたい。もしかしたら今年良かった分来年は本性を出してくるかもしれない。」

中国ちんげん菜

岩崎さんが東京で開かれた関東の種苗交換会に参加した際、たまたま中国から野菜の技術者が持ってきていた種の中にこの中国ちんげん菜があった。何気なく畑に蒔いたこの野菜は、日本のちんげん菜にはない個性的な形をで、また通常のちんげん菜が春になると次々とう立ちしていく中で、この中国ちんげん菜は3月の終わりまで収穫できる晩生の特徴をもっていた。「これはいい!」と感じた岩崎さんは長くこのちんげん菜を大事にしてきた。

あるとき、こぼれ種から育った中国ちんげん菜が気に入って、そこからまた選抜を繰り返し、またある時は早生と晩生が交雑したものをまた選抜し、岩崎さんが試行錯誤しながら長い年月をかけてこの雲仙の風土に馴染ませてきた。

一般のちんげん菜に比べ青みが強く大株で畑の姿は生命力にあふれ「ちんげん菜の原種とも思える」と岩崎さんは語るこの中国ちんげん菜は柔らかく味が深く、驚くほど美味しい。そしてこの野菜は、雲仙で岩崎さんの種と哲学を唯一受け継いでいる農家、田中遼平くんが初めて岩崎さんから託された記念碑的な野菜でもある。

種を蒔く料理

船山義規

器 ‖イタリアの骨董市で出会った絵皿
写真‖安彦幸枝

江口研一food+things)

器 ‖大谷哲也
写真‖在本彌生

平田明珠Villa della Pace)

器 ‖松本かおる
写真‖栗田萌瑛

今井義浩monk)

器 ‖藤本 健
写真‖八木夕菜