種を蒔く料理原川慎一郎

雲仙に移り住んでから3度目の冬シーズンを過ごしました。
この一年、岩崎さんとの時間を通して、岩崎さんの野菜たちとの触れ合いを通しての大きな気付きは、「自分は生かされている」ということでしょうか。
分かり易くするために敢えて極端な言い方をすると、この在来種野菜たちを自分はここである意味「活かすために料理をしに来た」または「スポットライトを当ててあげに来た」つもりで居ましたが、3年目を迎えた今、「もしかして自分はこの野菜たちが生き延びて行くために彼らに上手く誘導されているのかもしれない」と感じることが何度かありました。
それは全く悪い意味ではなく、むしろとてもポジティブな意味として感じています。
彼らは生き残って行くために人の想像を遥かに超えるほどの生存本能を備えているのだと思います。
在来種野菜を含め植物は自分たち人間よりもずっとずっと昔からこの地球上に存在してきているのです。
それに当たり、植物たちは様々な術をもって生き続けていて、野菜の美味しさや、菜花の美しさや、種を残して枯れたなんとも言えないその姿は、そのひとつでしょう。
その中で、在来種野菜の種を継ぎながら暮らしていくということは、人間が大先輩である植物とコラボレートしながら沢山のことを学ぶことができるとてもとても素敵な行為なんだと思います。

今回は、雲仙春菜とこぼれ種の大根を料理させて頂きました。

岩崎さんが守られてきている在来種も30年を超えてきたものが多くなってきているのですが、雲仙春菜もそのひとつです。
元は宮内菜という青菜でしたが、岩崎さんももう充分にこの雲仙の風土に馴染んだと思える期間を経て、今「雲仙春菜」と岩崎さんが名付けられました。
この雲仙春菜は炒めるのが向いているようで、今回はフライパンで少し焦がすようにして味により深みを加えてみました。そこに写真家の繁延あずささんの「山の鶏鳴舎」の平飼い卵と生の雲仙春菜を刻んで塩揉みをして和えたウッフマヨネーズを添えました。

こぼれ種の大根は、奥津さんが面白いからと言って選び渡されました。
在来種野菜の種取りをされていると、いくらかの野菜の種たちがあちこちにこぼれ落ちて、季節になると畑の傍で芽を出して育ち、また花を咲かせます。これも5年を超えてくると、どんどん野性に帰って行ってしまい、ひとが食べ易いものとはまた違う姿になって行ってしまいますが、これも種と暮らす農業ならではの風景のひとつです。
今回のこの大根は、恐らく横川つばめ大根だったと思うので、温泉で柔らかくなるまで煮て、そこに金柑のコンポートをピュレにして、みじん切りした玉ねぎと塩と上質のオリーブオイルを加えたソースの上に浮かべました。そこに刻んで塩揉みした大根葉と、その時に咲いていた花芯白菜の菜花をちらしました。

もうすぐ春ですね。
色んな野菜の花がたくさん咲いていく時期です。


料理
原川慎一郎
郡司製陶所
写真
繁延あづさ
原川慎一郎

原川慎一郎
静岡県生まれ。渋谷のお店で修業の後、渡仏。帰国後、三軒茶屋の「uguisu」などのレストラン勤務を経て、2012年に目黒にレストラン「BEARD」をオープンし、話題となる。2017年、バークレーにあるアリス・ウォータースの「シェ・パニース」元総料理長であるジェローム・ワーグとともに、東京神田にレストラン「ザ・ブラインド・ドンキー」をオープン。そして2020年、長崎県雲仙市に移り住み、BEARDを再オープン。岩崎政利さんが守り継いできた在来種の野菜を軸にした料理を発信している。

選んだ野菜

雲仙春菜

もともとこの種はかつて岩崎さんが買ったものではなく、ある農家の方から「自分の宮内菜を育ててほしい」と種を渡された野菜である。多くの冬野菜が3月には董立ちする中でこの青菜は4月に収穫できるから、端境期用の野菜という位置付けで岩崎さんが大事にしてきた。

ある時、元々栽培していた農家さんはタクシー運転手に転職され、栽培をやめた。その後、その宮内菜は5年間ほどその人の畑で自生をしていた。そろそろその畑は野生化し、宮内菜が自生できなくなるなぁと岩崎さんは思い、その宮内菜を自らの畑に移植し、種を採り、栽培を続けている。

かき菜よりも色が濃いのが特徴。
もともと山形県の在来種である宮内菜がルーツだが、この雲仙の風土に十分に馴染んだこの2023年の春に、岩崎さんはこの青菜を雲仙春菜と名付けた。

こぼれ種の大根

岩崎さんは50種以上の野菜を自家採種している。ゆえにいつも畑の様々なところでこぼれ種で育った野菜たちが育っていく。まさにそれこそ種を採る農業ならではの景色であり、多様性の象徴でもある。

平家大根、源助大根、島大根、横川つばめ大根、岩崎大根、長崎大根、五木大根、雲仙赤紫大根…。岩崎さんの畑で育つ様々な大根たちのこぼれ種の大根。名もなきこの大根太一もそれぞれの物語がある。

種を蒔く料理

船山義規

器 ‖イタリアの骨董市で出会った絵皿
写真‖安彦幸枝

江口研一food+things)

器 ‖大谷哲也
写真‖在本彌生

平田明珠Villa della Pace)

器 ‖松本かおる
写真‖栗田萌瑛

今井義浩monk)

器 ‖藤本 健
写真‖八木夕菜