船山義規
器 ‖イタリアの骨董市で出会った絵皿
写真‖安彦幸枝
大根の香りや風味は加熱前と加熱後では大きく変わります。
加熱前の大根の青臭さと辛味。しっかり加熱することで甘味が増し青臭さは消え、全体を包み込むような安心感が出てくる。個人的には島大根には前者の加熱前の状態に島大根の独特の香りによる特徴が強く出ていると感じました。
繊維が潰れることで出てくるエグ味を抑えるため、大根を一度丸ごと冷凍することで繊維を破壊します。解凍し滲み出てきた液体を口にすると、大根を丸かじりした時の強烈な青い香りの中に去年一度伺った岩崎さんの畑の空気を確かに感じました。この液体を更に搾り出し、大根のジュースを抽出するところから料理が始まります。
この大根のジュースで同じ大根を炊くことによって、大根が自身のエキスを更に吸って炊いた時の甘さが更に増していきます。
力強い大根には根魚のカサゴが良く合います。大根のエキスでカサゴにゆっくりと火を入れてから、皮目を炭火で香ばしく焼き上げました。 魚の上にはこの時期の魚介を赤ワインでごった煮にし、蕗の薹味噌を加えたものをソースとします。その上には大根の辛味にも通ずる野草のたねつけばなをあしらいました。
仕上げに生の島大根の香りが飛ばない程度に軽く温めた大根ジュースをたっぷりと注ぎます。
僕が料理をする上で大切にしているのは「自然体」でいること。それはただなんとなく料理を作るのではなく、食材が生み出される土地の自然に敬意を払い、人類が火を使い始めた頃から始まる歴史の延長線上にいるという自分を意識すること。土地の自然があり、種を繋いできた野菜があり、それを料理する僕たちがいて、それを食べる人がいる。ここから更に歴史が続いていくという大きな自然の流れの中に身を委ねることで、自分は自分らしく生きていけると思っています。
平田明珠
1986年、東京都生まれ。大学卒業後に料理の道へ進む。都内のイタリア料理店勤務の後、食材を探しに訪れた能登半島に惹かれ2016年に七尾市に移住、レストラン「Villa della pace」をオープン。2020年、七尾市中島町の塩津海水浴場跡地へ移転、宿泊施設を併設したオーベルジュとしてリニューアルオープン。 ミシュランガイド北陸2021特別版において、一つ星、ミシュラングリーンスターを獲得。
鹿児島の園山氏から種を譲り受けた、元は南九州の在来大根。なくなりつつある種の一つだが、「そのような大根は、大切にしていかないと、すぐに消えて無くなってしまう」と、岩崎さんが大事に育ててきた。
「島大根」というからには、元々、沖縄の大根かと思い、そちらも育ててみたが、全く異なったそうで、「やはりこの大根は、南九州の大根なのだろう、島と言っても、種子島あたりなのだろうか」と岩崎さんは想像している。同時期に譲り受けた、横川つばめ大根との違いを際立たせるように選抜を繰り返しながら、根付かせてこられた。「でもそんな選択の仕方では、先代の園山さんにちょっと悪かったのかなあ…」と岩崎さんは述懐するが、そこには、種を継いでこられた人々の思いややり方に敬意をもって尊重する生き方がにじむ。
この島大根は肉質が大変柔らかく、煮大根にするととても美味しい。えぐみや辛みも少なく、調理しやすい。ほろっとした柔らかい肉質は他にない。
ずんぐりした横川つばめ大根との対比を際立たせるように、岩崎さんが意識して選抜を繰り返してきたのは、その「すらりとした」形。さらに透き通った肌色や「肩」と呼ぶ部分の薄い桃色を、とても大切に継いでこられた。葉はとても大きく、みずみずしいため、露地栽培では、寒さで凍らないように注意が必要だが、岩崎さん曰く「土から出る自らの肩を、冬の寒さから守るように、その豊かな葉が覆い被さってくれる」。したがって、南九州の大根でありながら、ある程度の寒さまでは、案外強い。加えて、有機的な肥料を必要としない強さもある。このような生命力のある種子を自然に育成することは、こういった農法の中ではある意味最も大切なことかもしれないと岩崎さんは語る。
ちなみに、この島大根は、雲仙市の隣の諫早地方にかつてあった諫早四月大根によく似ている。それは、岩崎さんが長年、探し求めながらもなかなか出会うことが叶わない大根である。岩崎さんは、そんな失われた地元の大根の代わりになればと言う思いもあって大事にこの島大根を育ててきたのである。
ところが、岩崎さんを尊敬する雲仙は千々石の若手農家「田中種の農園」の田中くんが、昨年その諫早四月大根と出会い、今は次世代にその種を継ぐべく大事に育てている。岩崎さんから田中くんへ、受け継がれる思いが、出会えなかった種との出会いもうみ、そして繋がれていく。不思議で素敵な種の農園たちのストーリーである。